こころに潜る、こころで読む

本の風景 第12回 人が出会い共に生きるということ

こうしてまた満月が巡ってきました。満ちては欠けて繰り返す悠久の流れの中で、人と人のつながりはなんて無常なことだろうと、私たちは時折思い出したようにして感じることがあります。どんな人も、生きている限り経験する出会い、そして別れ。決して離れたくないという思いとは裏腹に、別れというものは本当に様々な形でやってきます。

今回ご紹介する本は、この夏に、急に読みたくなって手にしたヘルマン・ヘッセの「知と愛」です。ヘッセの本といえば青春時代、という人生の大いなる門出に立つ人たちにふさわしいと思われがちですが、確かに、複雑で入り組んだ人生航路のガイドとして、それは最上のものになるでしょうが、こうしてずっと後になり、様々に経験をしてきた中年以降に読むのもまたいいものだと実感しました。

物語の筋はシンプルです。ナルチスとゴルトムントという全くタイプの違う二人が出会い、青年時代を共にして、ある時から別々の道を選び、そのままそれぞれの気質や人格に沿った真逆の人生を歩み、長い時を経てまた、思いがけない再会を果たす。という二人の物語です。

最初にこの本を読んだ時は、誰からも愛され、また何に対してもまっすぐに向き合う、自由奔放で生と性を徹底的に謳歌するゴルトムントに惹きつけられたものでしたが、ところが再び読んで見えてきたのは、ナルチスの静かで深く熱いゴルトムントへの愛でした。特に物語も終わりを迎える頃、ナルチスがゴルトムントに向けて吐露する場面に至ると、その昔に、愛するゆえにゴルトムントのあるべき姿は自分の住む世界から解放され、飛び出さなければいけないと彼の出帆を促し、いとまを告げさせる場面が重なり、その深い愛情がさらに胸を打ったのです。
二人が出会った頃は、非の打ち所のない知性と抑制を身につけ、誰にとっても十分に高慢であった若いナルチスでしたが、そこから、長きに渡る世俗を離れた特殊な信仰生活を送っていく中で、ゴルトムントへの変わらぬ愛があったからこそ、単に精神の世界の住人に終わらずに人生の輝きを知る太い歩みのできる人物になっていった。そしてそれにふさわしい地位となり人々の尊敬を集めていったのです。
また、ゴルトムントも、別な形でナルチスの存在が絶えず彼を支えていた。彼の生の根源的存在としての亡き母親と、精神の世界の住人として控えているナルチスは、実はコインの裏表のようにして、彼の波乱に満ちた生き方を絶対的に支える原動力となっていった。

この物語には、常に二つの極が入れ替わり描写されていきます。歓喜と苦悩、若さと老い、高貴と下賤、美と醜、聖と俗。中でも、平和で笑いに満ちた日常がペストによって一気に地獄に様変わりする描写には、なんとも身につまされる思いを抱きます。昨今のように、自然災害が人ごとではないと感じるがゆえの無常感。そんな、常に移り変わる世の中で、ヘッセの描くこの二人は、それぞれが永遠なるものに通じる愛をたたえて、別れを超えた永遠の絆というものを見せてくれるのです。

ゆく夏を惜しみながら、ずしりと胸にくる読書はいかがでしょうか。


「知と愛」 ヘルマン・ヘッセ 高橋健二訳  新潮社

2018年8月26日 

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高橋香苗

book&gallary DOOR店主
1984年 結婚を機に島根県の松江に移る。2004年 子育てが一段落したことと、単発のイベントを企画したことで、交友関係の質が変わり広がっていたことから、自宅の一部で本やテーブル周りのクラフトなどを扱う「DOOR」いう店を始める。2010年 地元の物作り作家や友人たちといっしょに、隠れた山陰ならではものを探るために。手仕事を紹介するイベント「ひびきあうもの」を企開催。以来毎年行っている。国産織の白生地や草木染め生地を1人の手による縫製にこだわったオリジナルの洋服や、地元作家とのオリジナル商品も展開している。

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