こころに潜る、こころで読む

本の風景 4回目 原田治の柔らかな思考、「美」について語る

原田治さんといえば、OSAMU GOODS。80年代が青春の世代にとってはとてもキラキラしたイラストレーターでしたが、そこを知らずとも、原田さんがよく書く黄色い髪のポニーテールの女の子のことは、誰もが一度は目にしたことがあるはず。それくらい世間によく知られたイラストレーターでした。残念ながらご本人は今年の2月にお亡くなりになりましたが、そのせいでしょうか、描き手を失ってもなお、治さんが残したキャラクターのチャーミングな魅力は時代を超えてもなお、放たれています。
その原田さんが美術について綴っている文章が、2冊の本にまとめられています。とはいえ、最初の本から34年を経て2冊目が出されているのですが、驚くべきは、その置かれた年月の長さにも関わらず、原田さんにとっての美術が、ほとんど変わることなく、同じように愛すべきものであったことです。 

「美」とは本来 無価値なものである
風景や空の雲が無価値であるという意味において

これは最初の本である「ぼくの美術手帖」に、詩人の北園克衛の言葉を引用して書かれています。そして原田さんはこれが座右の銘となっていると。さらに、「美術はぼくにとって永年の友であり、見上げる目標であり、自然と身についた習慣のようでもあります。」と書いています。その言葉の通り、2冊の本に書かれたものは、原田さん言うところの、流れる雲をいいなあと目で追いかけるような、原田さんにとっての「いい」美術がとても自由に軽やかに語られています。
鉄斎、スペインタイル、赤塚不二夫、雪岱、クライン、歌舞伎の看板、果ては出雲のスリップウェアーという具合に、原田さんのセレクトは一見するとほんとに気ままに並んでいるのですが、その「いい」という感性は、実はとても大切なことを見せてくれている気がします。美術が持つ本来の姿。それは世俗の原理とは全く切り離された、言ってみれば重力の外にあることの真理。決して多くの人の手によって価値が高められるものではなくて、心澄ませば自ずと明るく照らして見えるもの。だから原田さんはまっすぐに「いい」美術と出会って、そこから「いい」付き合いをしてきた人です。その、ひとつひとつの付き合い方もそれぞれにあって、そのことが丁寧に綴られています。だから読んでいるこちらも、心澄ませて美術と向き合っている気持ちになります。原田さんがひとり「いい」と惹かれてやまないものが急に気になり始める。
ただの「いい」が素直に伝わるということ。美術の持つ、人への作用がこれほど純粋に保たれていることを、心から「いいなぁ」と思います。
そんな原田さんの、羨ましいような美術との付き合いが日常にあったということを思うと、それだから、OSAMU GOODSの明るい空気感には、原田さんにしか出せないものがあるのだなあと、妙に納得してしまうのでした。

「ぼくの美術手帖」(PARCO出版)
「ぼくの美術ノート」(亜紀書房)
いずれも原田治著

2017年5月11日 

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高橋香苗

book&gallary DOOR店主
1984年 結婚を機に島根県の松江に移る。2004年 子育てが一段落したことと、単発のイベントを企画したことで、交友関係の質が変わり広がっていたことから、自宅の一部で本やテーブル周りのクラフトなどを扱う「DOOR」いう店を始める。2010年 地元の物作り作家や友人たちといっしょに、隠れた山陰ならではものを探るために。手仕事を紹介するイベント「ひびきあうもの」を企開催。以来毎年行っている。国産織の白生地や草木染め生地を1人の手による縫製にこだわったオリジナルの洋服や、地元作家とのオリジナル商品も展開している。

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