こころに潜る、こころで読む

本の風景 7回目 強く美しい生き方

今回は一人の女性が自らの半生を綴った本のご紹介です。

すえもりブックスという、絵本が中心の小さな出版社がありました。タイトルは30冊に満たないながらも、どの本も同じ光を受けて小さく輝いているような、不思議な魅力に溢れていました。残念ながら今は無くなってしまったので、ことさらそう思うのかもしれませんが、改めて出版目録を見ると、ゴフスタインの本をはじめ、まどみちお、ターシャ・チューダー、皇后美智子さまのスピーチ、そして彫刻家の舟越保武、桂親子も著者として名を連ねていて、どの本にもはっきりと共通する同じ印を感じずにはいられません。

すえもりブックスからは、時折、「Pache」という冊子が発行されるたびに送られてきました。代表の末盛千枝子さんの細かい手書きの文章は、短いながらも読んで良かったーと、たくさんいいものを受け取った気になりました。末盛さんの見聞きし心に響いた様々な事柄、それへの受け取り方が心にスーッと入って、一気に読んではもう次が待ち遠しくなったものです。
そう、すえもりブックスは、末盛千枝子さんという女性が47歳で立ち上げた絵本の出版社です。末盛さんは長崎の二十六聖人像でも有名な彫刻家の舟越保武さんの長女として生まれ、歳の離れた弟には同じく彫刻家の船越桂さんがいます。皇后美智子様とも親交が深く、そう聞くと美術界の有名な一族と勝手に想像しがちですが、その末盛さんが自身の歩みを綴った、「『わたし』を受け容れて生きる」という本を読むと、中々に困難苦難の連続を生きてこられたことを知らされます。戦争中に生まれ、彫刻家の父を持ち、それで家族が苦労したことや、夫の突然死、息子の難病と障害、立ち上げた出版社の閉鎖などなど。
けれども、この本を貫いているのは暗い影ではなく、困難な時に差し伸べられた幾つもの温かい手、周りの人々と紡いでいるしなやかで血の通う篤い絆によって肯定し前に進む強さと美しさでした。突然のようにして降ってくる悲劇の中にあっても心を閉ざすことなくしっかり現実を見つめてきた末盛さんの「強さ」。それは負けないと力を込める強さとはまた違うもの。人格の最奥から支え肯定していく強さを感じます。強さという言葉が持つ「力」とはまるで違うものなのに敢えて「強さ」と表現したくなるもの。そこには末盛さんの両親の在りようが大きく影響していることが読むとよくわかります。末盛さんの千枝子という名前は、父である保武さんが憧れの彫刻家であった高村光太郎に頼んで名づけてもらったもの。「女の名前は智恵子しか知らない、でも悲しい人生になってはいけないから字だけは替えましょう。」と言われてもらった名前のエピソードに始まるように、彫刻家としてたゆまぬ努力を惜しまずなお家族を養う父と、その父を懸命に支え子供達を守る母、小さな弟妹という家族は、ままならない現実にも、信仰によって肯定していくことを骨身に刻みともに歩んでいきます。時には両親の必死な思いと、そこまで至らない娘の率直なやりとりもあり、丁寧でいながら明快な描写によるその時々のエピソードは人生が悲喜こもごもだと実感させてくれます。 中でも、すえもりブックスの立ち上げに至った箇所は本好きにはたまらないところ。1冊の本にそんな物語が秘められたとは。なるほど、こうして珠玉のような本が生まれてきたと納得します。

人生がその人を作り、その人にそのような仕事をさせる。幾度となく襲われる悲劇の中にあっても、末盛さんには大きな何かに包まれた豊かさを感じてしまいます。それこそ栄光と呼ぶものでしょうか。社会において与えられる玉の座ではなくて、与えられた場所で懸命に善き方向へと生きてきた人の背後に見える栄光を思いました。人は自分の思いだけでは生きられない。ちゃんと巡り合わせてもらった人と紡ぐ一歩一歩の歩みがどれだけ大切なものかが身にしみる1冊の本です。


「私」を受け容れて生きる 〜父と母の娘〜 末盛千枝子 新潮社

2017年11月4日 

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高橋香苗

book&gallary DOOR店主
1984年 結婚を機に島根県の松江に移る。2004年 子育てが一段落したことと、単発のイベントを企画したことで、交友関係の質が変わり広がっていたことから、自宅の一部で本やテーブル周りのクラフトなどを扱う「DOOR」いう店を始める。2010年 地元の物作り作家や友人たちといっしょに、隠れた山陰ならではものを探るために。手仕事を紹介するイベント「ひびきあうもの」を企開催。以来毎年行っている。国産織の白生地や草木染め生地を1人の手による縫製にこだわったオリジナルの洋服や、地元作家とのオリジナル商品も展開している。

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