こころに潜る、こころで読む

本の風景 6回目 詩人の善き隣人の視点



エミリー・ディキンスンという詩人をご存知でしょうか。
現在、「静かなる情熱」というタイトルで、彼女の生涯を描いた映画が上映されているので、それをご覧になった方もいらっしゃることでしょう。
エミリーは、詩人になるべくして生まれついたかのような人でした。彼女の詩によって、詩とはこういうものなのかと、「詩」が自分の中で鮮やかにはっきりした輪郭を持って見えるようになった経験をした人は多いと思います。
そんな詩人の中の詩人であったエミリー・ディキンスンに関して、今回はとっておきの本をご紹介します。
「エミリ・ディキンスン家のネズミ」というタイトルの、とても可愛らしく読みやすい本です。けれども、そこには、詩が生まれ、詩が読まれることの本質が、鮮やかにわかりやすく描かれています。主人公は小さなネズミ。エミリーの住む館に引っ越してきたことで、それまでの詩とは無縁の人生が一変して、自らも詩を作り、詩人と密やかな心の交流が始まります。 

「いったい、どんな秘密の場所から、わたしのことばはでてきたのでしょう。」

エミリーの詩を初めて読んだ主人公のネズミのエマラインは、天地がひっくり返るかのような驚きを覚え、その慄きはそのまま、彼女を突き動かし、やがて言葉がほとばしり出ます。生まれて初めて詩を書いたネズミのエマライン。
「このわたしが詩人だったなんて。」 

詩人による言葉によって、一気に心の景色が変わってくる。それにより、全身は鮮やかで大いなる新しい感覚に包まれる。詩を享受することを、そして、誰もが自分の言葉で詩を書くことが出来ることを、この本は伝えています。
もっと言うなら、詩人の善き隣人になれることと言いましょうか。
おそらくエミリーのような詩人は生来の詩人たる資質を備えてこの世に生まれてきている人なのでしょう。彼女は世に知れずにひっそりと生きて静かに死んでいった人です。生涯にわたり、自室で書き続けた詩の束は、彼女の死後に世に知れることとなり、やがて詩人の冠を与えられた人となりました。永遠に。
けれども、その選ばれし詩人の傍にいて、詩作を目の当たりにすることで、自らのうちにも詩の生まれる心の故郷を持っていることを自覚できるのです。
詩人の隣人として、詩が生まれる瞬間を神聖な心持ちで迎え、その孤高の魂に心から敬意を払い、その選ばれた言葉によって魂を安らげることが出来る。私たちは、そんな風にして、詩人の善き隣人でいることは出来ると、この本のネズミのエマラインは伝えてくれます。 

詩人の言葉は、私たちを「言葉と言葉の隙間に広がる自在な世界」へと案内してくれます。その言葉にワクワクドキドキしながら、いつも見届ける詩人の善き隣人。そうであったエマラインはいつしか自分も不思議な言葉を見つける人となり、書き続ける人となっていきました。
小さなねずみの豊かな心情に心が洗われる一冊です。 

「エミリ・ディキンスン家のネズミ」
エリザベス・スパイアーズ 著 長田弘 訳 みすず書房

2017年9月6日 

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高橋香苗

book&gallary DOOR店主
1984年 結婚を機に島根県の松江に移る。2004年 子育てが一段落したことと、単発のイベントを企画したことで、交友関係の質が変わり広がっていたことから、自宅の一部で本やテーブル周りのクラフトなどを扱う「DOOR」いう店を始める。2010年 地元の物作り作家や友人たちといっしょに、隠れた山陰ならではものを探るために。手仕事を紹介するイベント「ひびきあうもの」を企開催。以来毎年行っている。国産織の白生地や草木染め生地を1人の手による縫製にこだわったオリジナルの洋服や、地元作家とのオリジナル商品も展開している。

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