こころに潜る、こころで読む

本の風景 第10回 山野草に見出す淋しき詩心

自然が喜びに満ちて日々忙しく成長を始める頃となりました。
今回、ご紹介する本は、昔の東京がどんなに風情あふれる自然豊かであったか、一人の自然を愛する詩人が日々の雑記を綴ったものです。四季折々に東京のあちこちに出かけ散策をし、目にする草木の様子を観察しながら独自の詩論や文学論、果ては文明論まで展開していきます。

随筆集「野原をゆく」の著者である西脇順三郎は、明治生まれの詩人で若い時にイギリスのオックスフォード大で学び、ロンドン、パリで詩集を発表して当時の第一級の詩人たちと交流を持ち、帰国後は母校の慶応大の教授となって、世界の詩の潮流を日本に紹介しながら現代詩を牽引していった日本を代表する詩人です。けれどもそんな社会的成功者といった面とは裏腹に、彼の詩には頻繁に「淋しい」という言葉が様々なニュアンスで出てきます。単に自分の身上を憂いた個人感情の発露には止まらず、「人」の存在そのものがどうしたって淋しいと感じながら、視点はずっと先にある人智を超えた真理に向かっていく。それだから西脇の淋しさは、悠久の営みと表裏一体となってどこまでも豊かな詩心を私たちに触れさせてくれるのです。

彼は身近な自然を愛しました。それもあまり画題や歌に取り上げられないような草木をよしとして愛でました。草木の可憐で健気な様子の前では、それを見つめる自分の存在の「淋しさ」。けれどもそこに寄せる心の奥の「永劫の旅人」は美や真へと開かれていくのです。豊富な経験と豊富な知識で充満しているはずの身でありながら、西脇順三郎は生涯に渡りこの淋しさを泳がせながら詩に昇華して見事な詩の世界を築いていきました。大いなる宇宙というマクロコスモスに対して、現実の自然は刹那的ではかない。その風情をコロコロと、とことん愛し詩にしていった人です。

「野原をゆく」には、詩人西脇順三郎の折々の心情が綴られています。古今東西の詩人について言及している文章は、さながらレクチャーを受けているような豊富な内容なのですが、何と言っても引き込まれるのは、昭和の初めから30年ごろまでの東京の自然の様子が詩人の視点で描写されていて面白い。とにかくよく歩いている。そして眼前の自然を事細かく感じていたいという向き合い方が豊穣な言語感覚で綴られていきます。お気に入りの多摩川。調布、目黒、深沢、成城、代田。三田の山の上。東京がまだいたるところに素朴で淋しい風情に溢れていた時代です。その牧歌的な景色を前に時にイギリスの田園詩を考察しながら詩人は様々に思いを馳せていく。
「詩は相反するものが調和するところに存在する。」
詩人としての栄光ある肩書きとは裏腹に、常に人の存在のさびしきことを心に忍ばせて、自然の移ろいと永劫を行ったり来たりしている西脇は、芭蕉や西行にも通じる近代の漂泊の詩人でありました。いかに世の中が新しくなろうとも、ありふれた自然の中にも詩人の目で捉えれば、生々流転の儚さがあり、同時に物思う我が身には「永劫の旅人」が住んでいる。西脇先生として、詩人の後ろについて行きながらともに風情を感じたくなる一冊です。

「西脇順三郎 野原をゆく」 現代日本のエッセイ 講談社文芸文庫

2018年4月30日 

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高橋香苗

book&gallary DOOR店主
1984年 結婚を機に島根県の松江に移る。2004年 子育てが一段落したことと、単発のイベントを企画したことで、交友関係の質が変わり広がっていたことから、自宅の一部で本やテーブル周りのクラフトなどを扱う「DOOR」いう店を始める。2010年 地元の物作り作家や友人たちといっしょに、隠れた山陰ならではものを探るために。手仕事を紹介するイベント「ひびきあうもの」を企開催。以来毎年行っている。国産織の白生地や草木染め生地を1人の手による縫製にこだわったオリジナルの洋服や、地元作家とのオリジナル商品も展開している。

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