こころに潜る、こころで読む

本の風景 三回目 『恋と夏』に見る受容

 寒さが少しずつ緩んできました。あれほど暖かさを求めていたはずなのに、ぎゅっと硬く閉じて内にこもることに慣れてきたこの身にとっては、急に訪れる気温の変化につい戸惑うことがあります。押されるようにして外へ気持ちが向けられる。不意に訪れる変化に気持ちが追いていかないのでしょう。そんな些細な変化も、それが引き金となってなんとなく不安な気持ちに陥ることは誰の身にも起こります。日々の暮らしの中で、大なり小なり常に変化はやってくるもの。そして時には、受け入れがたいほどの苦しみを伴う現実もやってきます。
様々な節目を迎え、それに伴う変化を迎えるこの時期。期待とは違う現実にどう直面していくのか。思い描いたものとは違う物事をどう受け入れていくのか。「受容」することを特に経験する季節なのかもしれません。

ウイリアム・トレヴァーの長編「恋と夏」には、まさに受容する人々の様子がどこまでも細やかに丁寧に描写されています。タイトルからイメージできるように、一人の女性のひと夏の恋というシンプルな話ではあるのですが、登場人物の交錯していく様子は名匠と言われた作家ならではの充満した世界が繰り広げられています。
壮大なお葬式の場面から始まり、一章ごとに登場人物の「今」が丹念に描かれてゆく。そしてその人物たちが冒頭のお葬式と何らかの関わりを持っていることが次第に明らかになり、一見無関係に思える人と人が、複雑な絢を織りなしながら見えない糸で繋がっていくのです。それは時には残酷とも思えることへと関係していく。個人に降りかかる望まざる変化。ままならぬ現実に、こちらの心も揺れるのですが、トレヴァーの筆は、時には天上界から彼らを見守るかのような俯瞰した視線と、他方、真横で寄り添う視線の入り混じった眼差しで見つめ続けていきます。それだから、彼らが途方に暮れて、絶望を味わう時でさえ、どこか清々しいまでの救いを感じてしまう。それはあたかも、彼らがそこに直面することはもうすでに前から用意されていて、そして通り過ぎてゆくままにいつかは遠くの事になるのだという救い。「悲劇的な」という言葉がおよそ似つかわしくないほどに、筆の力によって終始静謐な趣が流れているのです。デンマークの画家のハンマース・ホイによる表紙がまさにこの物語を象徴しています。机に向かって何か作業している女性の後ろ姿が描かれているこの絵。その表情を伺うことは出来ませんが、何か手を動かして作業をしているのでしょう。しっかりと引き受けて勤しんでいる確かさを、後ろ姿からでも見て取ることが出来ます。そしてその室内には大きな窓を通して柔らかな日差しが注がれている。まさにこの表紙の絵のように、エリーは常に引き受けて勤しむ女性です。自らが望む、ということのないままに人生を送ってきたエリーが、生まれて初めて恋をします。エリーは自分の心に忠実に素朴に向き合い、相手と向き合っていきます。相手のフロリアンにもの当然のように進む道がある。大いなる戸惑いの中にあっても、実は心の奥底では、これでいいと、頷くもう一人の自分がいるのだと、この小説を包む豊かさはそんな視点を味わわせてくれます。

そして読者はきっと、引き受けて変わらずに日々に勤しむエリーのことを、いとしさとともに思い出していくことでしょう。自らの意思を行使せざるを得ない者も、さらに、辛い現実を受け止めて佇む者にも、かたわらに、表紙の絵のような柔らかな日差しが注がれているのだと、小さな声で伝えてくれる小説です。

恋と夏   ウイリアム・トレヴァー (国書刊行会)

2017年3月12日 

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高橋香苗

book&gallary DOOR店主
1984年 結婚を機に島根県の松江に移る。2004年 子育てが一段落したことと、単発のイベントを企画したことで、交友関係の質が変わり広がっていたことから、自宅の一部で本やテーブル周りのクラフトなどを扱う「DOOR」いう店を始める。2010年 地元の物作り作家や友人たちといっしょに、隠れた山陰ならではものを探るために。手仕事を紹介するイベント「ひびきあうもの」を企開催。以来毎年行っている。国産織の白生地や草木染め生地を1人の手による縫製にこだわったオリジナルの洋服や、地元作家とのオリジナル商品も展開している。

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