こころに潜る、こころで読む

本の風景 第13回 空気感についての考察

今回ご紹介する本は、「空気感」と題したスイスの建築家の講演録です。著者名はペーター・ツムトアとありますが、ピーター・ズントーと明記されることもあります。
彼の建築を現地で目の当たりにしたわけではありませんが(いつかは行きたいと願ってやみません)、写真で見たその時から、ずっと気になる建築家でした。何故、このような作品が生まれるのか、見れば見るほど謎に満ちている。虜になればなるほど秘密のベールに包まれて、なおこちらを虜にするのです。それは私だけではないでしょう。建築が普遍的に人類に与えてきた最重要な要素を、現代建築の文脈の中でも深く黙考しながら問い続け、多くの示唆を与える建築家です。
本の冒頭に寄せられた紹介文が、彼の建築の本質を言い当てています。
「ペーター・ツムトアの建築とそれを取り巻く環境とのあいだには相互作用がある。与えあい、受け取りあう。交感かある。たがいが豊かになる。ツムトアの建築に接すれば、たちまち、空気感、雰囲気といった概念がなにをしなくとも想い起こされる。」そして、これらが訪れる者にじかに伝わり、さらに周辺の環境に伝播するとあります。
目覚しく発展するテクノロジーと激変する時代背景によって、建築家の使命も、作品性の評価基準も変化しているように見えながら、実はその本質は変わらないのではないか。ペーター・ツムトアの建築を通して、私たちは、決してないがしろにしてはいけないことを確認させてもらえます。

本書は先にも述べたように、2003年にドイツにある古城で行われた講演の内容が書籍化されたものです。そこでは文学や音楽を通して、美の主題なるものが、様々に魅力的なプログラムで催されたそうですが、まさにそれにふさわしい内容だったとあります。講演のタイトルの「空気感」は、彼がすぐれた建築を問う際の重要な関心事であり、創作する際にも切り離すことのできない照準と語っています。ペーター・ツムトアという素晴らしい建築家が語った「空気感」は、この言葉がこれほど端的に、そして豊潤に語られていることに、読み返すたびに深い感動に包まれます。
本書では、空気感についてプロローグから始まり9つの要素がじっくり丁寧に語られていきます。読者はまるで9つの大事な鍵を順番に渡されて、厳粛に進みゆく使徒のような気分さながらに。そして私たちは、ここで語られることにはっとさせられるたびに、自分を取り巻く様々な環境を思わずにはいられません。何気なく過ごす日常の中で、何を見て感じて心に響かせているのか。そうして自分を振り返りながら読み進めて、最後に彼が提示するのが「美しい姿」です。
それは表層的な謳い文句で、次々に消費されてゆく「美しい姿」ということから最も遠くにあるものです。ある心の持ちようを持続させ、内に小さな歓びの炎を灯し続けた者に現れる「美しい姿」なのだと思うたびに、いつも打ちのめされて、けれどもどこか明るく励まされる思いを抱きます。
そして、この内容にこれ以上ないくらいぴったりな葛西薫氏によるブックデザインもこの本の大きな魅力です。
これからの、内側に光が欲しくなる季節にふさわしい一冊ではないでしょうか。 

「空気感 アトモスフェア」 ペーター・ツムトア 鈴木仁子 訳 みすず書房

2018年10月25日 

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高橋香苗

book&gallary DOOR店主
1984年 結婚を機に島根県の松江に移る。2004年 子育てが一段落したことと、単発のイベントを企画したことで、交友関係の質が変わり広がっていたことから、自宅の一部で本やテーブル周りのクラフトなどを扱う「DOOR」いう店を始める。2010年 地元の物作り作家や友人たちといっしょに、隠れた山陰ならではものを探るために。手仕事を紹介するイベント「ひびきあうもの」を企開催。以来毎年行っている。国産織の白生地や草木染め生地を1人の手による縫製にこだわったオリジナルの洋服や、地元作家とのオリジナル商品も展開している。

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