こころに潜る、こころで読む

本の風景 5回目 手紙に綴られた魂の交感

 本の帯には綺麗な明朝体で縦書きに、「愛しい、悲しい、美しい」とあります。染織家の志村ふくみさんと気鋭の評論家若松英輔さんの往復書簡「緋の舟」は、この、強く引き起こされる想いを相手に届けたい、届けたい気持ちが強ければ強いほど、そこには同時に「愛しい、悲しい、美しい」感情が波のようにやってきてそれぞれの身を包んでいるであろうと、読者も同時に、我が身の体験と二人の言葉のやり取りとを重ねて、たゆたう感情に浸される思いを抱きます。

往復書簡の一人、志村ふくみさんは、草木染めの染織家であり紬織作家としてその長年の功績が重要無形文化財保持者として認められたその道の大家です。また、「一色一生」はじめ数多くの名著もあり、豊かな感性と深い知性と、手の仕事という知と情と意の長けた日本を代表する文化人です。その志村さんを心の師匠のようにして強く影響を受けてきたという若松さんもまた、志村さん同様に、現代が捉えにくくなった見えざるところからの世界観を丁寧に筆の力で甦らせている気鋭の批評家です。二人とも、見事な言葉の名手ではありますが、紡がれる言葉の一つ一つが、若松さんの言葉を借りれば、「肉感的な」十分に血が通い、身に宿したものであるから、読み手は難しい言葉の前でも届けたい想いに導かれるようにして、その先に進んでいけます。

志村さん、若松さん、二人は親子以上も離れた年齢差ながら、お互いが「意中の人」として強く引き合い結びつきが生まれていることが、読んでいくとよくわかります。そう、恋人同士よりも純度の高い、まさに本の帯にもある「魂の交感」として、お互いの言葉を手紙に託して届けているのです。

今日も健やかに過ごしていますか。

私に訪れた満ちたる光をどうかあなたにも届けたい。

それぞれが、自分を取り巻く世界の無限大の広さを前に、自分の道を石に刻むようにして歩んできている人であるだけに、その個々の魂は、ある時出会い、強い敬愛の念を持って一つの関係を築いていく。その相手へ、手紙にして伝え届けたい想い。そして魂のこと。それらをこの上もない歓びを伴って受け取り、また返す。

二人の間には、古今東西の智と芸術の巨星たちが、それぞれの強い想いとともに語られていきます。リルケ、ゲーテ、シュタイナー、ダンテ、小林秀雄、川端康成、柳宗悦、明恵上人、イエス。そして、すでに浄土の人となった志村さんの兄の小野元衛についても。
個人的な体験は、お互いの言葉によって、別な角度から注がれる光りとなり、さらに輝きを増した体験となってもたらされる。それまでの、自分に注がれた叡智や芸術は、引き合う魂によって、絶妙な時機を得ながら言葉に託して相手に届けられ、共鳴し、歓びに満たされていく。読者は二人の真ん中で、その率直で美しい交感に立ち会うのです。

七夕を迎えるこの時期には、とてもふさわしい本だと思います。一人に届けられた言葉。そこには、自らの内に灯された光を届けたいという切なる想いが重ねられていきます。けれどもその背後には、自らの経験を、繰り返し言葉でもって客観視し、鍛錬してきたこの二人だからこそ、普遍性に至る筆の力によって、読む者は静かに深く共鳴し、歓びを持つのです。

二人の間に交わされていく強い想い、願い、祈り。おそらくそれらは、言葉にして綴られずとも、その間で、愛しく悲しく美しく、相手には届いると、思ってみたいものです。

「緋の舟 〜往復書簡〜」
志村ふくみ 若松英輔 著  求龍堂

2017年7月9日 

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高橋香苗

book&gallary DOOR店主
1984年 結婚を機に島根県の松江に移る。2004年 子育てが一段落したことと、単発のイベントを企画したことで、交友関係の質が変わり広がっていたことから、自宅の一部で本やテーブル周りのクラフトなどを扱う「DOOR」いう店を始める。2010年 地元の物作り作家や友人たちといっしょに、隠れた山陰ならではものを探るために。手仕事を紹介するイベント「ひびきあうもの」を企開催。以来毎年行っている。国産織の白生地や草木染め生地を1人の手による縫製にこだわったオリジナルの洋服や、地元作家とのオリジナル商品も展開している。

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