五感でみつける 目で感じる

バジルがいざなう夏の扉

湿気を帯びた空気に朝から
鼻孔にパンチを与えてくれる香り。
夏の声が聞こえてくる頃“もっさり”と葉を揺らし
そろそろ食卓へお願いします、
そんな声さえ聞こえそう。

その正体はーバジル。
小さな家庭菜園で育つハーブは見た目に
決して麗しいものばかりとはいえなくて、
虫食いの葉にまばらな長さに、と不完全さのオンパレード。

けれども、花屋の店先で選ぶそれと違って
穴あきだろうがいびつだろうが、愛おしさが上回り
そのありのままの姿に笑みがこぼれる。
なんといっても可愛らしい小花が開いたその瞬間を楽しめるのは
採れたてだからこそのお楽しみ。

それにしても香りが強い。陽射しが一層その匂いを濃厚にしているかのよう。
まぶたを閉じるとバジルにまつわる記憶がまざまざとよみがえる。
ある暑い日、友人が作ってくれたアジア風バジル入りそうめん。
イタリアで楽しんふんだんにバジルを使ったペンネ。
ああ。あの友は今どうしているだろう?
ジェノバの港町ポルトフィーノ。もはや15年以上も前の記憶・・・
トマトとバジルが本当に似合う街だった。
香りがいざなう瞬間の夏の旅。
まぶたを閉じると広がる世界、とても静謐で美しい。

―いつの間にか去ったものと、ずっと残り続けているもの、
本当なら遠くかけ離れた場所にいるはずのものたちが
まぶたを閉じたおかげで、ようやく再会できたのです。再会してみれば
別にかけ離れてなどいなかった、手をのばせばすぐに触れられるじゃないか、と
お互いに気づき、照れたように微笑み合っています。
切手ほどの広さしかない、まぶたの裏の小さな暗闇の中で。―
 『あとは切手を、一枚貼るだけ』小川洋子/堀江敏幸 中央公論社 2019年 より抜粋

鼻孔からまぶたへ。
あんなに小さな葉っぱが10年20年と時空を越えて連れてくる。
遠いと思った記憶は案外簡単に呼び覚まされ、
ああ、こんなに身近にあったのかと驚かされる。脳内での再会。
バジルが思いがけず扉を開けた小さな暗闇の中の旅。

2019年7月17日 

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Miki

スタイリングフォトグラファー
フリー翻訳(英語)、ライター

1971年山口生まれ。
幼少の頃から夢は世界へ向かい、念願叶って海外と日本の架け橋となる事業に長年従事。異なる文化、訪れた国々の光や色、人々の暮らしぶりに大いに触発される。その後テーブルフォトのメソッドを習得。日常の中でこころ躍る瞬間を捉えることに情熱を傾けるようになる。そうした暮らしの中の美しさを届けるフォトエッセイをmahinaで発信しながら、フィンランドのライフスタイルや教育事情を翻訳を通じ日本に紹介したり、英語学習を始め日本の子どもたちへの異文化教育に邁進する日々。

【instagram】
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