五感でみつける 目で感じる

不揃いの美

新しい環境、新しい人間関係、新しいプロジェクトetc.etc.…
まっさらな状態から自分をゆっくり新たな状態に馴染ませながら何とか数週間乗り切ったーそんな声が聞こえてきそうな4月後半。

どんなに小さく思える出来事だって、変化に身を委ねるということはひとつのチャレンジ。
ときめくようなスタート、出会いに刺激を受けたかと思えば、早くも芽を出す不満や愚痴や弱音といったダークな自分との闘いが待っていたり、そんな相反する感情にまみれてしまう人も少なからずいる季節。

わたし自身はというと、今でこそどんな未知の環境でも適応できるようになったものの、思春期の頃、それはそれは今時分の変化に心身がとても追いついてゆかず、胃は痛むは、眠りは浅いはで4月といえば苦行のひと月だった。
素早く環境に馴染んで楽しんでいる人がうらやましくて、そう振る舞えない自分はどこか欠けているのではないか?と思いのほか真剣に悩んだものだ。

―不器用で何がどうした。時間をかけて育まれる関係性やものごとのすばらしさ。完全じゃないからこその愛おしさ。それこそがViva 人生!ー今ならそう昔の自分に言ってあげられるのだけれど。

ところで、桜のピークが過ぎたある日、祖母の墓石に手を合わせにゆくと足元にゆらゆらと花を咲かせていたのがノジスミレ。雑草にまみれたくましい。
草と一緒に刈り取るのも忍びなく、一部を残して持ち帰り、鉢に植え替えた。

こうして写真に収めてみると、ほうぼうに首を伸ばして自然のいのちもどこか不揃い。ふと手を加えて、ブーケにしようか?とも思うものの、この不揃い具合こそありのままの在り方。もし均一的な茎の長さや花弁の大きさだったなら?無理のない背伸びしないその姿にじわじわと慈しみの気持ちが湧いてくる。

つい完璧を求めがちだし求められがちな実社会なのだけれど、それは重々分かったうえで、社会生活からちょっと外れたところでは大いに不完全さや不揃いの美しさに目を見開いていたい。
折しも、新しい元号の英語表記は beautiful harmony。
美しき調和とは凸凹をも含んでこそだと信じたい。だから、もし今の時期につらさを感じていてもどうか背伸びをしすぎず無理しないで。あなたはあなたのままで美しい調和の一部。

2019年4月19日 

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Miki

スタイリングフォトグラファー
フリー翻訳(英語)、ライター

1971年山口生まれ。
幼少の頃から夢は世界へ向かい、念願叶って海外と日本の架け橋となる事業に長年従事。異なる文化、訪れた国々の光や色、人々の暮らしぶりに大いに触発される。その後テーブルフォトのメソッドを習得。日常の中でこころ躍る瞬間を捉えることに情熱を傾けるようになる。そうした暮らしの中の美しさを届けるフォトエッセイをmahinaで発信しながら、フィンランドのライフスタイルや教育事情を翻訳を通じ日本に紹介したり、英語学習を始め日本の子どもたちへの異文化教育に邁進する日々。

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