五感でみつける 目で感じる

夏を想う野の花ミソハギと勁草と

 

 道端でふと足元を見やると目にとまる小さな草花。
 数秒でも立ち止まるやいなや首筋につーっと汗がしたたるほどの盛夏だけれど、こうした植物への視線が保たれている限り、こころの平穏バランスは損なわれていないらしい。
 さて、折しもお盆入りが迫るこの時期にふさわしい野の花はなにかしら?というとーずばり「ミソハギ」。漢字で記すと「禊萩」。
禊の一文字のインパクトが大きすぎて、その可憐なたたずまいとのギャップにいささか驚かされるけれど、盆花(ぼんばな)や精霊花と別名があるとおり、供養に添えられたり、また祭りごとにも使用されたりすることから、禊萩と言うらしいーと諸説ある模様です。
 そして花言葉はー「慈愛。愛の悲しみ。」
  
 愛をもってご先祖様や亡くなった大切な方々へ想いを馳せる。だから盆花なのだなあといにしえの叡智に驚嘆するばかり。

 こうしてミソハギにフォーカスしているのも実はある一冊の図鑑を最近熟読しているからにほかならず、ついつい得た情報を誰かに分かち合いたくて、こうして書き綴っているわたしです。

 なんだかもったいぶってしまいましたが、その書籍とは『草の辞典』。
繊細で鮮やかな写真ふんだんの植物図鑑としてだけでなく、草花にまつわる言葉のあれこれー慣用句や由来等々ーはたまた野の草の味わい方など小さな本ながらも多面的なアプローチで「草」を主役にしてくれているところがとてもとてもお気に入り。

 一般的に草は「雑草」とひとくくりにされるように「役に立たない」とか、あるいは正式ではないもの、プロではないものを表すときの冠表現ーたとえば「草野球」みたいに“素人臭”ある名詞―に使われがちではありますが、だからこそ愛しさと健気さがにじみ出て、裏方街道(いわゆるサポート役)を好んできたわたしとしては、道の草たちと同盟を組んでいるかのような気持ちに。

 けれどもこの本では、そうした「草たち」に漂う添え物感、脇役感が払しょくされ、一枚一枚の写真に収められた季節の草が自然界の宝石のように輝きを放っているではありませんか。

 他方で「雑草魂」ということばもあるとおり、草はたくましさの象徴でもあるからこれまた興味が尽きないというもの。
まるでわたしの生ける指針のようだなあ、と共感度が増す中この書籍を読み進めていたら、今の時代にぴったりかも。と感じた成句に出会ったのでひとつ抜粋してみますね。


疾風に勁草を知る。(しっぷうにけいそうをしる)
―激しい風が吹いて、はじめて丈夫な草が見分けられる。困難にあって、はじめてその人間の価値や強さがわかること。
―『草の辞典』森乃おと著 雷鳥社 2016年より抜粋


 わたしたちも今吹きすさぶ嵐の中、なんとか日々生き抜いて、時代の変わり目をそれぞれのカタチで体感している。
 草たちの世界と実はそう遠くないところでリンクし合って、強い向かい風の中を懸命に。

さあ。今宵は真夏の満月。
ゆっくり静かに深呼吸。
草いきれも存分に吸い込んで、明日への活力へとしましょうか。

 

 

2022年8月12日 

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Miki

English Lab/ doers(ドアーズ) 主宰。完璧さよりも小さな一歩を応援するパーソナルイングリッシュコーチ。文章やコーチングレッスンをとおして、心を整えきらめく日々を提供できたらと探求する日々

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