こころに潜る、こころで読む

立春も過ぎて、少しずつ植物たちが呼吸をし始め、冬の眠りから覚めるような気配を感じるようになってきました。
私たち人間も、内から外へと向かう準備を始め出す頃合いなのかな、と思います。
今回は旅にまつわる本のご紹介です。 

私は昔から旅が好きです。大学は観光学を専攻していたし、在学中に3ヶ月かけて世界一周をしたり、青春18きっぷを使ってハードな鉄道縦断旅行もしました。
今は仕事があるので、合間をぬっての小旅行がメインですが、それでも年に数回はどこかしらへ足を運んで、いつもとは違う土地の空気を吸い、美味しいものを食べ、体の中に巡るものを入れ替えて、リフレッシュしています。 

『旅の断片』(若菜晃子著 アノニマ・スタジオ刊 1,760円)は、「街と山のあいだ」をテーマにした小冊子『mürren(ミューレン)』の編集・発行人でもある編集者の若菜晃子さんが綴る旅の随筆集で、旅好きが読んだら最後、旅に出たい欲がうずうずと湧いてきてしまう、ちょっと危険な本です(笑)。

旅の行き先は全て海外で、メキシコの砂漠や地中海の島キプロス、インドの遺跡にサハリンの街中…、地名が連なった目次を読むだけで各地の情景が脳内にむくむくと浮かびあがり、旅への想像が膨らみます。

1つのお話が数ページで完結していて、5〜10分あれば読み終わるので、夜眠る前にベッドの中で、通勤電車の中で…、気楽に少しずつ読みすすめられるのもよいのですが、その数ページの文章の中には、若菜さんの旅の記憶や、情景描写が細やかに記されていて、短い文章ながらなんとも心が揺さぶられるのです。
1つ読み終わるごとに、自分も1つの場所を旅したような。
若菜さんの筆致が大好きで『mürren』や前作の随筆集『街と山のあいだ』も読んでいますが、今回の『旅の断片』も本当にとてもすばらしいです。 

若菜さんにとって旅とは、というのが本の冒頭に綴られています。

「私はこれまでの人生を悩み、迷い、行きつ戻りつながら歩いてきた。その歩いていく過程で旅に出て、物理的にも心理的にも日常から隔離された場所で、しばし立ち止まって、自分のゆく先と心のなかの真意を見つめ直す時間が必要だった。私にとって旅とは、未知なる国への旅であり、未知なる自分への旅でもある。」

(『旅の断片』3Pはじめにより抜粋 )

「歩きながら考える」ではないですが、動かないと見えないものってある気がします。普段は意識にのぼってこないものが、旅先で初めての景色に遭遇したり、日常とは違った感情を味わうことで、思いがけずふっと浮かび上がってくる瞬間が私にもあります。頭じゃなくて、体と五感を使っているからでしょうか。

立ち止まり、見つめ直す時間というのは、余白を自ら作る行為でもあるのかな、と思いました。
だから、旅はぎちぎちに詰め込むものではないですね(やっていいのは若い頃だけ)。 

『旅の断片』の中には、そうした時間の中に見つけられた、日常生活の中では見落としてしまいがちな世界の美しさや感動が、純粋な目線で綴られています。

「私も暖かくなったら、どこかへ行こうかな」なんて思い立ってしまうかもしれません。
ぜひお読みになってみてください。

西山友美/本屋B&B店長

2014年からB&Bに勤め始め、書店業務を中心に、食・くらし・旅・日本文化にまつわるイベントも(たまに)企画。マヒナファーマシーさんと「あ。わ。の月プロジェクト」のイベントを一緒に企画した縁で参加した宮崎の銀鏡神楽ツアーなど、知らない土地の空気を感じることや植物を愛でることが趣味。好きな作家は吉本ばななさん、梨木香歩さん、管啓次郎さん、文化人類学者の中沢新一さん。


2020年2月9日 

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