五感でみつける 目で感じる

余白の充実



余白。
東洋に生きるわたしたちにとって、それは例えば神社仏閣や茶道や華道―
つまりは禅的な哲学や芸術というのか端的に「間」の思想。と言い切ってよいものなのか。正直なところ今は明快な答えを模索中。

いずれにせよ、なぜゆえこんなテーマを切り取っているか、というと「余白」が、あるいは「無」があるということは、五感にことのほかすがすがしい感覚、未知への希望をもたらしてくれると感じざるを得ない映像やニュースを最近目にしたから。

言わずもがなこの1~2ヶ月、人の移動が劇的に減って負の影響があらゆるレベルに浸透している一方で、世界のさまざまな地域で報告されているのは、汚染されていた大気や海、川(例えば北京の空、ベニスの運河やガンジス川など)が目を見張るほどクリアに澄みわたり、汚染とは無縁の自然本来の姿を現してきている、という事実。

無である。ということは現実問題として受け入れがたいマイナスなことばかりが頭に浮かぶ昨今だけれど、少なくとも先の映像を見たその瞬間には、何もない豊かさ、「無」が積極的に与える影響をもっともっと受け取ってみたいーそんな余白の充実の偉大さに気づけたのです。

何もないところにこれからどんなものが満たされてゆくのかそれは正直わかりません。
ただ、これまで想像はしたけれど目にするとは思わなかった太古からの完璧な風景を刹那眺めたことで、無には可能性が満ちている。というまったく別の次元に意識が向かったとき、この混沌さもどこか興味深いものへと方向転換できたのです。

だからといってすぐさま何もかもが心穏やかに変化するわけではないのだけれど、まず自分がすぐできること。としてはー
はい、みなさんもお気づきですね?
まずは自分の内側にそんな余白を持ってみること。
こころの中に。住まいの中に。人間関係の中に。
そうすることで映る景色もどこかしらゆっくり変わってくるのかもしれません。

2020年5月7日 

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Miki

English lab/doers 主宰
フリー翻訳(英語)

幼少の頃から夢は世界に向かい、念願叶って海外と日本の架け橋となる事業に長年従事。その後、スタイリングフォトのメソッドを習得し、mahinaにてビジュアルの一部を担当するように。現在はパーソナルイングリッシュ&マインドトレーナーとしてEnglish lab/doers を主宰。英語のスキルアップのみならず、コミュニケーションに必要なしなやかなマインドを育むオトナのやり直し英語を応援中。

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