mahina magazine





2013.12.17(Thu)
新しい扉を開く


師走、満月。なんと今年、40回目の誕生日が、この満月でした。
40年、生きてきたのだなあ。
もっと若い頃に想像していた40歳とは、だいぶかけ離れた感覚です。

まずは、わがままな自分の意思に従ってよく働いてくれるこの身体に、感謝。
そして、名実ともに支えてくれている職場のスタッフ、数えきれない友人たち、ともに時間を過ごすことが一番多い子どもたち、そして愛する家族に感謝の気持ちでいっぱい。
年を重ねるほどに、誕生日は周りへの感謝が増していきます。
ここに至るまでの礎を築いてくれた両親への感謝も、年を経ればこそでしょう。
30代は、まだまだ若者意識が抜けませんでした。
子どもを持たないと尚更に、自分がやりたいことに、突進チャレンジしていく時期。
でも、さすがに40歳はどこから見ても若者とはいえないでしょう。
そういう点においては、世間的に十分に社会の一員を担う大人です。
原発が爆発してしまったこと、特定秘密保護法が通ってしまう世の中であること、人のせいにばかりはしていられません。
こんな世の中で、自分はいったい何ができるのか、次の世代の為に何を残していけるのか。そういったことを、よりリアルに感じる年齢にもなりました。
平均寿命の半分ほどを生きて、自分の人生をおしりから見るような視点も生まれてきて面白いなと思います。

シュタイナーの人智学における人間の成長は、7年周期で把握します。
およそ21歳で人間としての自我を確立してから、もう7年周期を三回りほどして、42歳の頃に名実ともに大人になるのだそうです。
まだ、二年猶予があるわ。ちょっとホッとしたりして。
多くの人が、仕事、結婚、家庭環境など激動の20代後半から30代を経て、一息ついて自分の人生を見直すのもこの頃。
すでに、まわりから与えてもらう時期はとうに過ぎて、今まで自己成長のために周囲から与えてもらってきたものを還元するように、今度は自分が周囲に与えていく時期にシフトします。
これが出来ずに、いつまでも自分のことばかり、受け取ることばかり考えていると人間としてのバランスを崩してしまうそうです。
病気も呼び込むでしょう。気をつけなければ。

大人としては、入り口にたったばかりの40歳。
そう思うと、何だか急に若返ったような、世界がまたぐんと広がったような、新鮮な気分。大人になるまで待っててくれた世界よ、ありがとう。
これから新しい旅に出る、そんな気分です。

こちらの連載も一年を経て、今回が最終回となりました。
39歳をサンキュー、サンキューと見送って(苦笑)、新たな扉を開こうと思います。
これまで拙文にお付き合いいただいた皆様、どうもありがとうございました。
互いに、広い大地の上、よい旅を続けましょう。
どこか旅の空の下で再会できましたら、おむすびでも交換こしましょう。
それまでどうぞ、お元気でいてください。いっぱいの感謝をこめて。





2013.11.18(Mon)
季節を祝うテーブル


私の自宅は何度がご紹介しましたように、小さなシュタイナー教育の幼稚園を開いています。
小さな教室の一角には「季節のテーブル」と呼ばれるコーナーがあります。
そこには季節の折々の自然界の様子を再現して、花や植物が飾られたり、羊毛などで作った素朴なこびとや動物たちの人形が飾られていたり、お散歩や遠足で拾った木の実や貝や枝やいろいろなものが、その季節にふさわしく飾られています。

こういった季節ごとの自然界の様子を教室に再現する「季節のテーブル」は、世界中のどこのシュタイナー幼稚園にもしつらえられており、担任のセンスとアイデアで、多種多様な世界が美しく表現されています。
日本で言えば、「床の間」の文化に通じるところが大きいでしょう。
一年の変化を、芸術的に表現する季節のテーブルを通して、子どもたちは地球が呼吸するように、一年の巡りを感覚的に体験していきます。

地球は、呼吸しています。
例えば、夏の間、地上は植物のエネルギーで覆われて、降り注ぐ太陽の日の下に生い茂るエネルギーは時に人間を圧倒するほどのものですが、しかし地上にエネルギーが噴出している分、地下は眠っています。
そして、晩秋から冬に向かう今、地上の植物は順に枯れてゆき、真冬ともなれば枯れ木枯れ草の静かな風景が広がりますが、しかし大地の下では次なる春の芽吹きに備えて、エネルギーが満ちている、ということができます。

こうした感覚を内に持ちながら、それぞれの季節の巡りを室内に表現していくということは、大人にとっても楽しい「遊び」です。
自宅であれば、例えばちょっとした出窓や玄関のコーナー、本棚やサイドボードの上など、小さなスペースをそれ専用と決めて、年間を通して「私の庭」を作っていくのです。
そう、季節のテーブル作りは、箱庭療法のような楽しい癒しの遊びにもなるのです。

まず、布を敷きましょう。
季節ごとの色を表現するために、何色か無地の布を用意しておくと便利です。
季節を肌で感じて、色を変えて行くのです。
そして、自然からの贈りものを置きます。
木や花、海や川で拾った石など。水晶などの貴石もよいでしょう。
これらが宇宙の神秘を、伝えてくれます。
手づくりのこびとなどの小さな人形や、動物たちも混じると、ストーリーがイメージできて楽しいものです。

私たちシュタイナー教育者は、季節の行事を丁寧に祝って行くことを大事にしていますが、その由来や意味を子どもたちに理屈で説明することは決してしません。
それよりも、行事由来の食事や、飾りつけ、うたやお話、全体的な雰囲気を感覚印象として深めていくことを大事にしています。

季節の祝いは暮らしを彩って豊かにし、宇宙的なリズムを地上の生活に降ろす霊的な要素も含まれます。
特に自然界と大きく離れた暮らしの現代人は、より意識的に取り入れることによって、生命力を高め、大地との結びつきを強めてくれることでしょう。
自分の感性、感覚に耳を澄ましながら、自分らしい形で、自分だけの庭を、ぜひ自由に作ってみてください。
あなたの中のこども心もイキイキと喜び出す事、間違いありません。





2013.10.19(Sat)
言葉を耕す


月が、ひときわ美しい秋ですね。
先月の中秋の名月も、広い地域でお天気に恵まれ、多くの人が美しいお月さまを愛でることができました。
九月の名月が里芋を供える芋名月と呼ばれるのに対して、十月の名月は栗名月、と呼ばれるそうです。
ゆんたのこども園でも、お月見団子を作ったり、ライゲンと呼ばれるお月見うさぎのお遊戯を踊ったりしてお祝いしています。

日本は四季の巡りが際立ち、私たち日本人は季節ごとの自然界の美しさを、繊細に受け取ってきました。
それぞれの民族の気質や傾向は、その民族を育んできた土地の気候風土と綿密に関係していくのだろうと思われます。
片側に広大なユーラシア大陸、もう片側に遥か広がる太平洋というところに、龍のような形で位置するこの日本列島は、世界地図で探した時にもすぐそれとわかる場所に位置する島国です。
島国ですから、民族の移動や流入も、他の地域に比べれば、ぐんと少なかったしょう。
特にここ千年ほどは、大規模な民族の移動も見られません。
(千年以上前はどうでしょう。ここ東北も、エミシと呼ばれる先住民族の土地でした。エミシが、そのままアイヌ民族をさすのかどうかは、まだ学術的にもわからないようです。)
同じ民族が、同じ島に、長らく住み続けている。
しかもつい150年ほど前までは400年近く「鎖国」も経験している。
なかなか、世界的にも珍しい国です。
こうした珍しい条件を背景に持つ私たちは、話す言語も少々特殊です。

保育士の公務員時代に、県の青年施設で外国人の方向けに日本語の夜間クラスを担当していたことがあります。
生徒さんは、ALTと呼ばれる公立学校の英語指導助手の方々や、東北大の留学生とそのご伴侶さんが多かったのですが、母国語の違う皆さんに、英語も満足に話せない私が日本語を教えるというのは、日本語教育もほぼ独学ですし、なかなか至難の業でした。
しかし改めてそこで、日本語の複雑さと奥行きの深さに触れて、感動したのでした。
表音文字(ひらがな、かたかな)と表語文字(漢字)を併用し、音読み、訓読み、果ては重箱読みなどの変則技。
篆書、草書、楷書とライティングスタイルも様々。
話し言葉と書き言葉の違い、男言葉と女言葉の微妙な言い回し、漢文、古文がいまだに国語の授業に取り入れられていること。
いやいや、本当に奥の深い言葉です。

ところで、メールやお手紙で「こんにちわ。」と書いてあるものをいただくと、ちょっと違和感が。
正しくは、「こんにちは。」
5〜6年ほど前から気になっていたのですが、最近は間違っている方の方が多くなっているような気がします。
30代以下の方は、「こんにちわ。」の方が多数派といったところでしょうか。
携帯電話のメールの変換予測機能が、間違う機会を高めているのかと推測したり。
「こんにちは」の語源は、「今日(=こんにち)はご機嫌いかがですか。」の略ですから、「こんにちわ」だと、表音文字として表記されている感覚ですね。
本来の語源の意はなくなってしまいます。
仙台弁だと「ちょっと、いずいなあ。(しっくりこなくて気持ち悪い)」という感じ。

言葉は時とともに変化していくものですが、その変化が、薄っぺらくのっぺりしたものになっていくのか、深く、豊かになっていくのか。
母国語を豊かに使うことは、私たちの住む足下を、豊かに耕していく行為のように思えます。
秋の夜長に、日本語の美しい詩を、温かいチャイと一緒にいただきたいなと思います。




2013.09.19(Thu)
Free town, Chirstiania!


お久しぶりです。毎月満月連載ですが、先月は夏休みをいただきました。
ロンドンに住む妹の出産が、ちょうど園の夏休みと重なったため、お手伝いを兼ねて初めての英国へ。
せっかく英国まで出かけたからと、妹の赤ちゃんが生まれる前に、18日間、あちこちを旅してきました。
バッチフラワーレメディの創始者であるバッチ博士の、研究所兼自宅であったオックスフォード近くのバッチセンターや、スコットランドのフィンドホーンへ。何れもそれぞれ、自分の奥深くに響く素晴らしい場所で、心の糧となりました。

そして、もうひとつ、とても心に残ったところが。ロンドンから1時間少し飛行機に乗って、デンマークはコペンハーゲンへ。”北欧のパリ”と呼ばれるコペンハーゲンは、人口112万人のほどよいサイズの首都。ほとんどのエリアを、自転車があれば1日で回れてしまう大きさです。
多くの市民が自転車を通勤、通学に利用しているので、車道の脇に自転車専用レーンが必ずあり、右側通行の鉄則が守られています。なにせ、あ!お目当ての場所を通りすぎてしまった!と思ったら、その場で向きを変えることはできず、歩道に入って自転車を押して歩くか、横断歩道を渡って道の反対側を走り直すしかないのですから、なかなか徹底しています。

コペンハーゲンには、「自由」の色濃い香りがしていました。女性差別ということはほとんど存在しないそうですし、同性愛にも寛容です。原発反対運動はチェルノブイリの事故の1年前にすでに盛り上がり、国民の声によって原発を一基も立てることなく、原子力を永遠に放棄した歴史もあります。(このことについては、地元の国立博物館にも誇らしく、それらの市民運動を紹介展示したコーナーがあるほどです)

今まで特に興味が無かったコペンハーゲンをどうして訪れようかと思ったきっかけは、昨夏、親しい友人がある雑誌の取材でコペンハーゲン市内にある独立自治区「クリスチャニア」を紹介していたからでした。
クリスチャニアは、首都のど真ん中にある、フリータウン。かつて、軍用地であったこの川沿いのエリアで、軍が退去した後の空き地を、70年代にヒッピーたちが移り住み、アート活動を始めたのが始まり。やがて移り住む人が増え、この地を占拠し、警察や法からも独立したフリーカントリーとなり、今ではコペンハーゲンの第3の観光スポットとして、年中沢山の人たちが訪れています。

住人は、政府や自治体ではなく、クリスチャニアに税金を払います。そこから光熱費や家賃(土地の個人所有はしない)、幼稚園の運営費用や清掃費がまかなわれます。
クリスチャニアは政府の法からも独立していますから、自由で創造的な建物がたくさん。軍の不要になった兵舎を素敵にアレンジして住んでいたり、独創的なエコハウスがあったり、インテリアの感度も高いです。
自由とはいえ、クリスチャニアにも住民が守るべきルールがいくつかあります。例えば、暴力と武器の持ち込み禁止/ハードドラッグ禁止/犬を鎖につなぐのは禁止(!)/車の乗り入れ禁止/マリファナ解禁 などです。
日々の細々としたコミュニティの取り決めは、集落ごとに月に1度、話し合いの場が設けられ、よく話し合って決めて行くそうです。冬場の厳しいデンマークですが、暖房は木材チップのペレットで、集落ごとに暖房と温水を配給しており、それらも当番制で管理をしています。

こうした、夢のような自治区の話をすると、「問題は起こらないの?」「税金を納めている他のデンマーク人は不満がないの?」と色々な声があがります。その通り、色々な問題が起こるのは、どの社会も同じでしょう。
政府も、こうしたクリスチャニアに対して、試験的にやらせてみようと存続を許しているものの、政権によっては時に国や軍から制圧を受けたり、強制撤去されそうになった歴史もありました。
しかし、そのつど味方になったのは、世論だったそうです。ここから生まれる文化、自由の精神、平等のリアルな意識。そういったものをコペンハーゲンの人たちは肌身に感じているのでしょう。
問題が起こるたびに、何度も何度も話し合いが重ねられ、そのつど自分たちが大事にしたいと思う事を手探りで守り続けて来た歴史。その偉大さを、そこに住む人々と出会って、交流をする中で深く感じました。
これは大きな「社会実験」である、とクリスチャニアの人々は言います。世界には、こんな素敵な実験をしている場所があることを知り、感動したこの夏。北欧の光ある場所に、大きな敬意を贈ります。


タイトル写真/招いていただいた住人の方の家の庭は、そのままクリスチャニアの幼稚園に続いている
文中写真/自転車に大きな荷台をつけた「クリスチャニアバイク」




2013.07.23(Tue)
自由への政治


七月の月満ちゆく頃、梅雨最中の仙台は、肌寒いくらい。
仙台駅前のペディストリアンデッキに、今回の参議院選挙で全国比例区から立候補している
三宅洋平さんの「選挙フェス」と呼ばれる演説ライブを聞きにいってきました。
ゆんたのこども園のスタッフや保護者の皆さん、こどもたち、
一緒に保養プロジェクトをやっている仲間達も一緒に。
駅前に集うと、いろんな人たちが、あちこちから集まって、再会の嵐、嵐、嵐!

三宅洋平さん、みなさんご存知ですか?
1978年生まれの、ミュージシャン。
90年代後半からの伝説のレゲエロックバンド、
”犬式 a.k.a.Dogggystyle”のギター&ボーカルでした。
初めて三宅さんを見たのは、震災後の混沌にいた2011年5月、大分県は龍神浜で。
9年通い続けた、こちらも今は伝説になっている
九州の「虹の岬まつり」という”お祭り(ミュージック・キャンプギャザリング)”に
東京から駆けつけ、原発事故後のメッセージを伝えに来てくれた時です。

その頃から彼は、今のようなテンションで、ずっと走り続けてきたのでしょう。
今回、日本ではまだ新しい「緑の党」から、立候補の声をあげてくれました。
なんという勇気!
矢面に立つことの大変さを、真っ正面から引き受けてくれる、
こんな人こそ、代議士になる素質があるというのだな、と思いました。

私は、今までなるたけ棄権しないように、選挙の時には投票に行っていました。
しかし、いつも虚しい気持ちが拭えなかったのも事実です。
平和を大事にし、いのちを大事にし、子どもたちを真の意味で
安心して育てることのできる姿勢のある党に投票したいのですが、
そんなところ、なかなか無いという情けない現実。
それから、理想は同じことを大事にしているようだけれど、
現実に組織の宿命として、色んなことが古くなりすぎて、
空気がよどんでしまっているような既成政党の雰囲気も、しっくりきません。
投票したことで、自分の意志が政治に反映されるという実感がないので、
何だかのれんに腕押しのような気持ちになってしまってました。

だから、今回は、党のあり方も、候補者のあり方も、選挙運動のあり方も、
自分の感性と理性にしっくりくるものが現れた、というだけでとってもうれしいんです!
一言でいうと、面白くなってきたな〜という感じです。
三宅洋平さんの政策9か条はどれも、フンフン、
と私が心から思っていることなので、すんなり入ってきます。
1番目が「文化を最大の輸出品に!」っていうのも、最高。
そう、私たちが本当に国を愛する気持ちは、
これまでこの日本という島国の気候風土、
特殊な歴史背景が作り上げた豊かな文化の数々を通して、表現していきたいと思っています。
洋平さんの訴える、政策9か条はこんな感じ。

①文化を最大の輸出品に! ②復興は補償から ③除染から廃炉ビジネスへ
④送電線から蓄電技術へ ⑤消費増税より金融資産課税を ⑥大規模農業から家庭菜園へ
⑦官僚主権から住民主権へ ⑧破壊の公共事業から再生の公共事業へ ⑨憲法9条を世界遺産に

どれも、ワクワクしてきます。
シュタイナー教育は、「自由への教育」と呼ばれています。
その”自由”の意味するところは、単にこども時代に「のびのびと自由に育てる」
といったようなイメージで語られるものではありません。
成人して社会に出たそのときに、社会問題をどういうことか理解でき、
その問題を捉え、自分なりに関わる方法を考え、
自分なりのやり方でそれを行為に移すことのできる人間。
それが「真の自由なる人間」だと捉えています。
確固とした自分の意志をもって、この大地にしっかりと自分の足で立ち、
人生を切り開いて行けるかどうか。
それは、生きるということの、本質ではないでしょうか。

みんなが、自由になっていける政治、その千里の道も、一歩から。
目先の結果に一喜一憂せずに、私たちのめざす確かな未来を、
みんなで感じあいながら創っていきたいと思っています。
みんなが、それぞれの音を奏でながら。




2013.06.23(Sun)
夏至によせて


雨よふれ、雨よふれ、あそこにここに、、、♪
梅雨入りしたこの季節、虹のこども園では毎年、「雨ふり」の
ライゲン(シュタイナー幼稚園で毎日行われるお遊戯のようなもの。
生活の動作や季節のうつりかわりを歌と動きの中で、
具体的な模倣動作を交えて行う。)を楽しんでいます。
カエルになったり、田んぼの稲になったり、アジサイになったり。
雨よふれふれもっとふれ、と雨の季節の恵みをいっぱいに味わい踊りますが、
日常の暮らしを行う大人としては、この梅雨の季節は喜んでばかりもいられません。
洗濯物はちっとも乾かないし、食べ物の傷みは早まるし、湿度は上がり、身体の調子も崩しがち。
毎日どんよりとした空を見ていると、気持ちまで曇り空になってしまうこともあるでしょう。

この季節、私も以前はとても苦手でした。
急に蒸し暑くなり、身体はしゃきっとせず、頭もぼーっとなりがち。
ジメジメ感が、心にまで伝染しそう、、、

でも、実はこうしたことって、宇宙の巡りのリズムとも関係があるようなのです。
日本では、このジメジメの梅雨の季節に、多くの地域が「夏至」を迎えます。
夏至は、その名の通り太陽が一番高く昇り、
一年の中で昼が一番長く、夜が一番短い日。本格的な夏の到来を告げる日。

紀元前の古代社会では、夏至や冬至が一年の巡りの大きな目印になっていました。
古代のヨーロッパでも夏至を祝う習慣は、遥か昔から様々な形で伝えられていたようです。
夏至の日は、神々からの贈り物を受け取る日とされ、一年で一番太陽のエネルギーが強まる中で、
薬草を採取して一年分を漬け込んだり、激しい踊りを長時間踊ってトランス状態になり、
魂が天からの啓示を受け取るように感じたりすることが行われていました。

北半球では、冬至を迎える冬の季節が、
自分の内面に入り込んでいき「内なる光」を見つけ出す季節であるように、
その反対点にある夏至は、小さな自我の壁を捨てて、
大いなる宇宙へと自分自身を委ね、直感を開くーそんな季節なのです。

私たち現代人は、もう古代の密儀の祭祀のように、ひたすら(時に盲目的に)信じる行為の中で、 宇宙とつながる機会を得ようとする行為は、とうに捨て去ってしまいました。 これからの人類は、ひとりひとりが目覚めた意識で、自分自身の中の精神的な在りよう、 そして私たちを存在ごと包み込むこの宇宙の営みについて知ることを、 明るい思考と健やかな感性によって至ろうと努力していくーそう提唱したのが、ルドルフ・シュタイナーです。

私たちは、もう儀式によって導かれるのではなく、明るい目覚めた意識によって、 宇宙の巡りと自らの呼吸を合わせていくことができるのです。 それを忘れて、日々の機械的な暮らしに没頭している現代は、 生きものとしての自分自身の心や身体のバランスを崩してしまいがちなのだと思います。

太陽がぐっと空高く昇る季節、私たちの意識も天にぐっと一緒に引っ張られています。 ボーッとしたり、なんだか焦燥感に見舞われたり、それゆえに不安な気持ちになったりするのも、
そうした自然のリズムに影響されているからかもしれません。
そんなとき、ぐっと両足を大地に(たとえ都会のコンクリートジャングルの中でも!)
アースする気持ちでしっかり立ってみます。そして頭上の意識は、
わたしたちの「生みの宇宙」に安心して預けるような気持ちでチューニングしてみると、
案外この梅雨の夏至の季節が、思いがけない力を私たちに与えてくれるかもしれません。
そしてそれは、忘れていたことを思い出すような感覚なのかもしれないと思うのです。


セルフケアのページに寄稿されているフラワーレメディストの谷口みよ子さんが
主宰する響探求会でお話しさせていただきます。

 7月5日(金)第38回響探求会
 「内なる母性・父性とフラワーレメディー 〜シュタイナーを導きに〜」

 お話し手:虹乃美稀子
-------------------------------------------------------------

次回は虹乃美稀子さんをお迎えします。

美稀子さんは仙台でシュタイナー教育の幼稚園を運営されています。
子どもたちとの触れ合いから日ごろ実感されていることを、
内なる母性と父性の観点からお話いただきます。

私たちが、自分の母性や父性にあらためて意識を向け尊重するすることも、
心の調和につながります。
そこにフラワーレメディーとの繋がりや可能性、バッチ博士の哲学との関連も
感じることができるでしょう。

美稀子さんは、シュタイナー教育を実践されながら、
バッチフラワーも学ばれています。
震災後は、母子週末保養プロジェクト「ちいさなたび Japan」を
仲間の皆さんと実施され、
また、日本各地やハワイでも、震災後の現状や私たち一人ひとりが
求められていることについて講演されています。
そのお話も、あらためてユニティの観点で伺いたいと思います。
【日程】7月5日(金)19:00~

【会場】東京・代々木オリンピックセンター内
    ※お申し込み時に詳細をお知らせいたします。

【持ち物】筆記用具

【会費】3,500円
 (会費の一部を、週末リトリートプロジェクト「ちいさなたび Japan」
 〔エッセンス・ウィズイン・プロジェクト〕に寄付させていただきます。)
 【定員】12名程度

 【参加申込】 初めての方は、次の情報を明記の上
 * お名前
 * ご連絡先1(メールアドレス)
 * ご連絡先2(携帯電話番号)
 * 今回の会に参加されるきっかけ

  下記アドレスにメールをお願いいたします。
  spiritofbach@gmail.com

詳細はこちら→ http://spiritofbach.blog.fc2.com/blog-entry-19.html#more





2013.05.25(Sat)
テレビを消してみる


テレビを持たなくなり、10年ほどになります。きっかけは思い出せません。
これといった理由は、特にはなかったような気がします。
元から始終つけているタイプではなくて、ニュースの他には歴史ものと音楽番組、
それから気に入ったドラマがあれば見るくらいでしたが、
お勤めを辞めて、山暮らしをしたり、旅暮らしをしたりしている時期を経て、
すっかりテレビを見る習慣が無くなってしまいました。

「テレビは持ってないんです」と言うと、一昔前は「それじゃまるで紀子様じゃないの!」
と笑われましたが(古いかしら。秋篠宮妃紀子様がご成婚の折り、
ご実家にテレビを置かない教育方針であることが話題になったのです。)
最近では、インターネットの端末普及の影響もあってか、
テレビをほとんど見なくなったという人も増えているようです。
「うちも無いよ。」「あるけど、ほとんど見ないな。」
という声を聞く事が増えて来て、内心(いい傾向だな〜)とほくそ笑んでいます。
デジタル放送になったことをきっかけに、買い替えることをやめて
ノーテレビ派になった人たちも少なくないですね。

テレビが一躍日本のお茶の間に台頭していった60年代、オノ・ヨーコが
「みんなお茶の間で、空っぽの箱に向かい口を開けて見てるだけ。これではみんな馬鹿になる。」
という様なことを何かの本に書いていたのを、印象深く記憶しています。

そう、テレビは実は空っぽの箱。様々な情報があるようで、そこに「実体」は何も無もありません。 テレビに向かっている間、自分の意識は完全に受け身、テレビまかせ。 貴重な情報を得ているように思っていても、 その多くは取捨選択ないままなだれ込んでくる情報の津波のようなもの。 意識はそれに反射的に反応しているに過ぎません。
身体に至っては、テレビを見ている間、なんとだらしなく放置されていることでしょう。 意識は完全に受け身、身体はだらり。 これでは確かにヨーコの言う通り、テレビで賢くなることはあり得ません。 またとない人生の貴重な時間を、どんなに無為に奪われていることでしょう。

美容師の友人に聞いた話ですが、部屋で一人でいると、 心細くてテレビを始終つけていないと落ち着かないという若者が少なくないそうです。 一方で、お年寄りたちは、日中孤独な時間を埋める様にテレビを付けっぱなしにしています。 会話の無い家庭の気まずい雰囲気を濁す為にも、テレビはつけられているようです。

まるでテレビは、中毒性のあるドラッグのようだなと思います。
現実の問題から目をそらせ、自分で意識をコントロールすることを放棄し、
人間に備わる五感を眠らせ、ただぼんやりと時間を費やすために用いるクスリ。
テレビには、有効な面もある一方で、
人間が真の自立した意識をもって
生きることを阻害するリスクの方が、高いように感じています。

テレビの全てが悪いとは言いません。時にとても、身の助けになるような番組や、
心から笑え、リラックスした時間を与えてくれる番組もあるでしょう。
しかし、それは自分がテレビを上手に取捨選択して利用している場合に限ります。
何となくだらだらと見ている日常からは、本当の自立した意識は生まれてきません。
自立した意識の無い世界に、本当の平和は訪れないというこを、
私たちは歴史を振り返るごとに、教えられます。

テレビの奴隷にならないように、つけっぱなしのテレビは消しましょう。
テレビを消して、不要な雑音が消えた時、世界があなたに語りかけ始めます。
大地のお母さんの声に耳を澄ますことは、そんな日常の変革から始まるのだと思います。




2013.04.26(Fri)
大地のお母さんに抱っこされて、
泥んこになろう!


新学期が始まりました。
「虹のこども園」にも、新入園児達がやってきて、12名のこども達との新しい暮らしが始まりました。
きっとこの季節はどこの幼稚園や保育園でも、てんやわんやの忙しさだと思います。
新しい環境に慣れるまで、元気に泣いているこどもたちも沢山いることでしょう。

ところがどうしたことか、今年の虹のこども園のこども達は、
誰ひとり泣く子もおらず、初日からすっかり遊び込んで楽しんでいます。
さあ、どの年少さんが泣き出すかな、あの子かな、この子かなと
身構えていた先生達は、拍子抜け。こんな年もあるのですね。

仙台もやっと温かくなって、小さな園庭では早速泥遊びがにぎやかに。
大人用の大きなスコップも、こども園では男の子に特に人気の大事な道具。
とにかくせっせと穴を掘ります。
そこにお山をつくり、水を流して、川が生まれて、
最後は自分たちがそこにボチャン、、、
全身泥まみれ、どこから服を脱がそうかしら?と迷うほど。
先生とお母さん方の洗いものは、いつも増えるばかりですが、
思いっきりの泥遊びは幼児にとってとても大切な遊びです。
身体を使うこと、道具を使うこと、創造力で遊びがどんどん展開していくこと。
土、泥、水、様々な感触を皮膚を通して味わうこと。
そして、お友達との共同作業。
大地のお母さんに直に抱かれるような泥あそびの体験は、幼児期には欠かせないもの。
お砂場遊びともまた違う、ダイナミックな経験ができます。

こどもたちが泥にまみれて遊ぶこと。
一昔前までは、当たり前の光景でした。
私も思い返せば、小学生になっても、近所の空き地の水たまりで裸足になって遊んでいました。
「汚しちゃって大丈夫かな?」「何だかドロドロしてて気持ち悪いな、、、」
そんな気持ちをエイっ!と投げて、没頭して遊ぶ事は、
本当は大人だってやりたい魅惑的な遊び。
ゲームに夢中になってるだけでは解消されないストレスや心身の疲れも、
いつのまにかクリーニングされています。
粘土遊びをしただけでも、手から腕がとってもすっきりするんですよ。
粘土美容と同じ効果です。笑
人間は、泥んこになって遊ぶと癒されるのです。
縄文土器を思い出してください。あのクオリティの土器を、
現代人が機械を使わずに再現することは、いまだに不可能らしいですよ。
縄文時代の人間は、土とまみえて、土に抱かれる様にして暮らしていたのでしょうね。

街の中にある小さな園の小さな園庭でも、こうして大地のお母さんと繋がることができます。
震災を経て、隣の古いお家が倒壊した事により生まれた、小さな土地。
市民放射能測定所に持ち込んで、その土を計ってもらうと、それなりの汚染が見られました。
色々と相談して、秋田から汚染されていない土をトラックで運んでもらい、
手作業で運び入れて、みんなで作ったお庭です。
庭の隅には小さな畑も作り、じゃがいもやキャベツやトマトを少しずつ育ててみました。
できた野菜が放射能不検出だったときの、本当にうれしかったこと。
みんなで給食でおいしく食べられた喜び。

原発事故を経て、その悲しみやショックは未だに癒されたわけではありません。
でも、そうした現実にしっかりと向かい合いながら、今までより少し気をつける、
少し工夫する、少し創造力を働かせる、そういったことで、こどもたちも、私たちも、
今まで以上に生命力を高めていくことが可能なのではと思っています。
今日もこどもたちの笑い声に誘われるように、次々とチューリップが天に向かって開いています。


Organic Mothering class
シュタイナーから学ぶ、ちいさな育児講座
~こどもたちにとって、本当の健やかさとはなんだろう~

自然育児って、どんなこと?
都会の中で、子どもたちを生命力豊かに、健やかに育てていくには?
シュタイナー教育って、興味があるけれど、実際はどうなんだろう?
ちいさな疑問をシェアしあいながら、まずはおとながそのエッセンスに触れてみる時間です。
お母さんに限らず、内なるこどもを大切にしたいすべての大人のひとが対象です。

*原則として、大人のための学びの時間です。お子さん連れの方は、ご相談ください。
(シュタイナーの遊具など用意してあります。)
世田谷・東松原にあるシュタイナーの世界が体感できる会場での開催になります。


第三回目 「新しいひかりに包まれて、こどもの心にかえる」

3回目となる5月は、夏も近づく陽気の増した季節、
こども心に返ってのびのびと身体を動かしてみましょう。
からだとこころで感じることを大事にした時間です。
シュタイナー保育では欠かせない、
「ライゲン」と呼ばれるお遊戯やオイリュトミーもご紹介します。
ちいさなうたも楽しみましょう。
うたうこと、おどることは、本来こどもだけに限らない、
私たち人間に与えられた素敵な贈り物です。
動きやすい服装でいらしてくださいね。

●日にち/5月23日(木)
●時間/10時~11時30分
●場所/個人宅オイリュトミーホールになります。ご予約いただき次第、詳細をお知らせいたします。
●最寄り駅/井の頭線「東松原」
●参加費/2500円
●定員/15名くらい
●持ち物/お水、からだを締め付けない動きやすい服装をご用意ください。
(ロングのふんわりしたスカートやパンツがおすすめです。)

ご予約はこちらまでお願いします。 rainbow@chiitabi.com





2013.03.27(Wed)
大地とつながる卵を探そう〜イースターに寄せて


3月の満月を迎えました。
春分を過ぎて、昼間の時間が長くなり、私たちの心もどこかしら軽くなります。
冬の間、内側に向かっていた意識が、
自分の外へと向かうようにベクトルが変わって行くのを感じます。
身体も、季節がわりの風邪や花粉症に悩まされつつ、それもきっかけにして、
ゆるゆると寒い季節の緊張を解き、開かれた身体になっていくとき。
春は、そんな季節です。

啓蟄を過ぎると、町に住んでいていも、
部屋の中にさえ小さな羽虫が飛んだりするのを見つけるようになります。
花壇には、植えたことを忘れた頃に咲いてくれるクロッカスやチューリップの花たち。
冬の間ずっと土の中で眠りつつ、来るべきときに芽吹き、当たり前のように花を咲かせることの不思議。
最近はベランダに小皿を置いて、そこに固くなったパンや、ごはん粒を乗せておいてます。
こっそりと小鳥たちがやってきては、啄んでいる姿を、気づかれないように部屋からのぞく楽しみ。
小鳥たちの歌声も、温かくなるといっそう賑やかです。
春は、いのちがみんな輝いて、楽しそう。
もし、あなたにとって春を一言で表すと?と問われたら、「生命の喜び」と答えるでしょうか。

冬の間、命が枯れたように眠っていた大地も、春になると、再び生命の躍動に満ちていきます。
古来、西洋の人々はこうした自然の変化と季節の巡りの中に、
イエス・キリストの復活のイメージを見いだしてきたようです。
日本では、キリスト教の「復活祭」(イースター)はあまり馴染みのないものですが、
これはクリスマスが冬至の祝いに重なるように、
春分の節目、春の到来という自然界の死から生への復活をも、また象徴しています。

復活祭は何日?と聞かれることがありますが、
クリスマスと違って、毎年のカレンダーによって日にちが動きます。
そのコンパスは「春分が終わった次の満月の週の日曜日」という、
ちょっとオリエンテーリング的?なんです。
今年のイースターはいつだろう?と、そのコンパスでカレンダーというマップ上を探すとき、
ちょっとオリエンテーリング気分を味わえるかも。
ということで、今年のイースターは、3月31日の日曜日です。
(ちなみに、前日30日はルドルフ・シュタイナーの命日に当たります)

日本の教育現場は4月始まりなので、
おおよそ春休みの間に巡ってくるイースターを、私の園で祝う機会はありません。
でも、卒園や入園のつどいのためにしつらえた教室には、
毎年、こどもたちやお母さん方と作った色とりどりの「イースターエッグ」が飾られます。
本物の卵の殻で作られたものもあれば、柔らかい羊毛で作られたものもあります。
卵は、新しく誕生する生命の象徴です。
大きな家族のように育った園のこどもたちが、
小学校という初めての社会に巣立って行くのを見送るとき、
そしてまた新しい家族であるこどもたちが入園してくるとき、
新しい命を表す卵たちが、見守ってくれているのです。

大人も、そんな春の新しい生まれ変わりを、
イースターという祝祭を通して体験してみることができます。
友人達との食事やちいさなパーティーで、ゆで卵に色を塗ってみたり、
それを部屋に隠して探し当ててみたりするのも、愉快な遊びです。
ちなみに、きれいに色の塗られた卵を長く保存したい場合は、
ゆで卵にせずに、生の状態で中身を取り除きます。
どうやって? 秘密をお教えしましょう。
卵の上下に、キリを使って小さな穴を上手に開けます。
そして、お皿を用意して、上の穴からフーッと息を吹き込むと、下の穴から中身がどろりと出てきます。
こうしたら、あとは上から絵の具で色を塗れます。穴に糸を通して飾ることもできます。
難しいようで、やってみたら意外と簡単です。
季節の祝祭を楽しむことは、日々の暮らしの中で大地のリズムとつながることのできる、
素敵な機会です。宗教行事としてではなく、
人と大地の呼吸合わせの営みとして捉えなおしたとき、祝祭の本来の意味が輝きだします。
そう、大地のお母さんとつながる機会はそこかしこに、卵のように隠れているのです。



Talk+Live+Yoga [Spring Celebration]

春の到来を祝福し全てのいのちの中にある
母性を讃えこれからの未来を描くお祭り

PROGRAM
2013.4.6(土)
12:30 - 始まりのセレモニー
13:00 - マントラヨガ  Naoko Watanabe
15:00 - 愛の歌     Yoshie Ebihara
16:00 - いのちのはなし  虹乃美稀子
17:00 - これからの未来を描く シェアリング

場所/Retreat Space Noah's Ark 山梨県小淵沢町上笹尾3332-1190

(出店)Padma Cafe 和菓子&お抹茶、ホットジンジャエール、コーヒー、
トゥルシーティ、焼き菓子、などなど。

<参加費> 500縁(yen)+ お賽銭式*
*それぞれのプログラムで、感謝の金額を決めて下さい

<ご予約・お問い合わせ>
渡部直子 080-3415-6551 naowatabe@gmail.com

++++++++

☆特別ワークショップ☆
シュタイナー幼稚園で楽しんでいる、ライゲンと呼ばれるオリジナルのお遊戯や、
生命力を高める簡単なオイリュトミーなどを体験します。
自然育児、オーガニックな子育てに無理なくシフトするヒント、
そして本当の意味でのこどもたちの健やかさをみんなで考える時間です。

4月5日(金)
17-18時 親子で過ごす小さなゆんた時間
18-19時 座談会

参加費:1500縁(yen) + 座談会も参加される方は、一品持ち寄り*

*酵素玄米を用意します
親子に限らずどなたでもご参加いただけます。
お名前・フリガナ・年齢(親子の場合はお子さんも)を添えてご予約ください。
*4月2日(火)まで
ご予約:渡部直子 080-3415-6551 naowatabe@gmail.com





2013.02.26(Tue)
ハワイ島・ペレの息吹にふれて


今年のお正月は、ハワイ島のキラウエア山で迎えました。
火山の女神ペレが住むと言われるハレマウマウ火口は、
日によっては深い霧で見えなくなることもしばしばだそうですが、
元日のこの日はきれいに見渡せて、
無事に辿り着けたことへの感謝、そして私にとって縁ある人々が多く
導かれているこの火山への祈りを捧げることができました。

キラウエアは現役の活火山。
20世紀の間だけでも、なんと45回も噴火を重ね、
かつての集落が流れ出す溶岩の下に埋もれた場所も少なくありません。
ただし、大抵は爆発する噴火ではなく、溶岩を流出するタイプの噴火であるため、
大きな災害になることは少ないそうです。
とはいえ、キラウエア近くの溶岩地帯に手作りの家を建てて住む友人の言うには、
日によっては、火口の向こうから、赤い溶岩がチラチラと見えることもあるそうで、
足元にマグマがドクンドクンと脈打っているのかと思うと、
心なしか身体も熱を帯びてくる様に感じます。

このマグマが大気に触れて冷え、ガラス質が細くなって飛んで来たものをハワイ島の人たちは、
「ペレの髪の毛」と呼ぶそうです。
ちなみに、宝石のペリドットは細くならずに空中で凝固した火山弾ですが、
これは「ペレの涙」と呼ばれています。
私はどちらも見つけることはできませんでしたが、溶岩地帯の一帯を歩いていると、
何だかペレのエネルギーがあちこちに感じられて、足元からぐんぐん力をもらっているように感じました。

女神ペレの神話は、多くの人が知るところでしょう。
妹ヒイアカとの嫉妬に狂った激しい戦いは、
美しいだけではないペレの激しい性質をことさら強調するように言い伝えています。
しかし、そんな激しい感情で、気に入らないことに対しては容赦なく攻撃するペレを、
人々は古来から深く愛してきました。
不思議ですね。
身近にそんな女性がいたら、手を焼きそうですけれども。

ペレは、お山そのものなのでしょう。
ハワイの数ある山の中で、ハワイ島が一番「若い」島なのだそうです。
ペレの神話が生々しく聞こえるのも、何だか納得。
日本でも古来から、「山の神」といえば、
自分の奥さんのことを指す隠語であるくらい、山の神は女神、とされてきました。
富士山の神様は、木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)。
私の住む東北の岩手には、早池峰山という美しい山がありますが、
ここの女神さまは、瀬織津姫(セオリツヒメ)。
地元のお宅では床の間に、瀬織津姫の掛け軸が祀られていたりします。

「若い」ハワイ島のキラウエア山は、活発な活動を重ねながら、
今でも溶岩によって新しい土地を創り続けています。
海に向かって流れる溶岩が、みるみると大地を生み出し続けているのです。
その様子を見ると、この地球ができた最初の頃の鼓動を思い出します。
ああ、母なる大地とは、まさにこのことだ、と。

後日、キラウエアの国立公園内にある「ボルケーノ・ミュージアム」に寄りました。
そこで、最近では2011年3月初旬から火山活動がより活発になっている、
という情報を見て、深く驚きました。
2011年3月といえば、言わずと知れた東日本大震災がありました。
ペレが活発に活動を始めたころ、同じ太平洋の私たちの島は激しく揺さぶられました。
地球は大きい、大きい、とっても大きい。
そして、当たり前だけれど、つながっているひとつの星。

私たちは、生きている星の上に住んでいるのだな、
とペレの熱に触れながら実感した2013年の幕開け。
多くの人たちが住む土地を追われ、放射能の害に苦しめられている震災後の日本が、
これから歩むべき道を、母なる大地の声に耳を澄ましながら、模索しています。




2013.02.10(Sun)「おしらせ」

満月更新に変更になりました。
次回は、2月26日です。




2013.01.12(Sat)
ひとつらなりのいのちの中で育てるいのち


保育の仕事は子どもの頃から夢見ていた、というわけではないのです。
夢は幼稚園の頃の看護婦さんに始まり、
エレクトーンの先生→ジャーナリスト→ミュージシャンと妄想を転がらせ、
気づいたら保育士への道を歩んでいました。

ちいさな人たちといることが、大好きです。
虹のこども園は、いつも教室いっぱいに虹の光がキラキラしています。
子どもたちといる喜びは、この世への讃歌。
今年で保育の仕事を始めて20年、輝きを増すばかりの子どもたちとの時間は、感謝と喜びに満ちています。

ちいさな人たちと、ちいさくて丁寧な暮らしを過ごすなかで、
私は自分自身の「内なる子ども」もまた癒され、
育まれていったことにゆっくりと気づきました。

誰もが持つ「内なるこども」。
この存在がどこで生まれ、どう存在し、
どのような影響を大人になった自分に与えているのか。
とても関心のある人もいれば、全く関心のない人もいるでしょう。
大人になって現実的な問題に忙殺されていると、
その感覚を思い出すことは難しい時もあるけれど、
私たちはみな、子どもとして生まれてきました。
当たり前のことのようでいて、忘れてしまっていること。
私たちは、全ての人から愛し守られるべき存在である、愛おしい子どもたちだったのです。
そんな大切なみんなの宝物である「こども」という存在は、
内なる存在となって、成人した後も私たちの中に存在します。
その内なるこどもを慈しみ育む力、
それは私たち自身の中にある母性=女性性の力ではないでしょうか。

私はよく、大人向けのワークショップ等でも、
子どもたちとする「お集り」をして人形でお話をしたり、
歌ったり、手遊びをしたりすることがあります。
「子どもの頃を思い出す」と喜ばれたり、
中には心の中の何かが動いて、涙を浮かべる方もいらっしゃいます。
比較や評価をせず、それぞれの在りようを認めあい、喜びあう世界、そんな子どもたちの世界を、
大人の私たちも再び体験して確かめあうことは大切なことだと思います。
大地のお母さんの力=母性にしっかりと守られて、
内なる子どもが元気になると、より自由に自分の人生を生きる力が生まれます。
近年、独身だったり、子どもを持たない女性が増えました。
私もその一人です。
以前は、子どもを持たずにいる自分が何だか半人前のような気がしていました。
子どもを授かるということは、自分の意志だけではどうにもならないことは、
頭では解っているはずなのに、やるべきことをしていないような気持ちになることもありました。
でも、小さな幼稚園を開き子どもたちとの暮らしを紡ぐ中で、
母性というものは決してお母さん方だけのものだけではないということに気づきました。
母性とは、もっと普遍的な、大地のお母さんのような力。
男性の中にもあるもの。
子どもがいる、いないに関わらず、
そうした母性を開いて活性化していくことが、自身の内なる子どもを元気にして、
これからの震災後の新しい時代を創りあげていく礎になるように思うのです。

まずは、深呼吸してみましょう。
都会の真ん中にいても、頭の上には小さな空が宇宙へと広がり、
足元にはアスファルトの割れ目から伸びてくる草花や
そこからこの地球の根っこまでつながる大地が広がっています。
そこを感じる力も、母性の力。
そしてそこから元気になっていく内なる子どもたち。
その子を抱きしめて、小さな鼻唄を口ずさんでみませんか。
幼い頃歌ったうた、内側から生まれてくるうた、自然に語りかけるうた。
内なる子どもだけに聞こえるような、小さな声で、
大地のお母さんの子守唄を、歌ってあげましょう。
さあ、新しい年の始まりです。

このページのトップへもどる

虹乃美稀子

spaceship 仙台ゆんた
虹のこども園 園長/担任
シュタイナー幼児教育者

仙台市保育士として保育所や児童相談所で7年間勤務後、シュタイナー幼児教育を学び、2006年より自宅を開放したコミュニケーションスペース「spaceship仙台ゆんた」にて、各年齢ごとの親子育児クラスと、ちいさな保育の場「虹のこども園」を主宰。
子どもたちをありのままに、健やかに育てることが困難な現代において、自然育児に光を見いだす母親と子どもたちのための育児サポートを行っている。 全国各地で、”Organic Mothering 講座”やワークショップを開催。
音楽と旅と平和を愛し、シュタイナー教育には、人間の本質的な「魂の自由」を一番大切にしている在り方に魅力を感じている。

母子週末保養プロジェクト
ちいさなたびJapan 代表

*Twitter ハンドルネーム「nijinomikiko」にて、日々の思い、活動の情報などつぶやいています。

http://spaceship-yunta.com/


ゆんた暮らし
~ちいさなおうちが育む生きる力~



小さなおうちの手作り幼稚園で紡いできた、丁寧でいのちにやさしい暮らし方。

安心、安全のおやつレシピ、ちいさな人たちとの暮らしで大切にしたい心がけ、お母さんが書いた、こどもの健やかさを守るおすすめ健康法など、読みやすくまとめた小さな本です。
オールカラー、A5版、28P。
価格 600yen